| 明治23年8月9日、漱石は、牛込区喜久井町1番地より、松山の病床の正岡子規へ手紙を出しています。その一部を漱石全集第十四巻(岩波書店
昭和41年12月24日発行)よりご紹介します。 |
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『・・・(中略)、御文様の文句ではなけれど二ッの目永く閉ぢ一つの息永く絶ゆるときは君臣もなく父子もなく道徳も権利も義務もやかましい者は滅茶ゝにて眞の空ゝ眞の寂ゝに相成べく夫を樂しみにしながらへ居候棺を蓋へば萬時休すわが白骨の鍬の先に引きかゝる時分には誰か夏目漱石の生時を知らんや穴彼賢』 |
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次に蓮如上人の御文(おふみ)中、
白骨の御文と呼ばれている御文を紹介します。 |
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『、、、されば朝(あした)には紅顔ありて・夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり・すでに無常の風きたりぬれば・すなはち二つの眼たちまちに閉ぢ・ひとつのいきながくたえぬれば・紅顔むなしく変じて、、、』 |
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