漱石、数え年15の時に体験した実母との死別は、その後の人生観に深い影響を与えたと想像されます。明治29年墓参の折に「梅の花 不肖なれども 梅の花」と詠み、「展先妣墓」 と前書きを付けました。これは、母の墓に詣でたとの意味です。この碑の前に佇むと、漱石の亡き母を慕う気持ちが、時を越えて身近に感じられます。
 夏目家のお墓には漱石の実父母、早世した長兄次兄と夏目家のお墓を継承することになった漱石のすぐ上の三兄などの近親の方々が、眠っておられます。